子どものしつけ

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houses2248.jpg五年生の蹴りは強烈 2011.3.2

Sちゃんは5年生の女の子。ボランティアのおじいちゃんとは2年生の時から毎朝あいさつをして顔なじみ。
時折、手作りの手芸品などを持って来て見せてくれたり、
バレンタインのには手作りの可愛いチョコレートをプレゼントしてくれたりする。
昨日の朝、校門でこの児童に大腿部を足蹴りにされた。空手の真似らしい。
本人の身体が大きい上に不意に蹴られたため、まともに受けてしまい、今朝になっても正座が出来ないほど痛む。
「蹴っちゃだめ!」と、注意をしたが効き目があるかどうかは分からない。

普段、私が他の児童と朝のあいさつをしていると不意に突っかかって来たり、
殴り掛かってきたり、蹴ってくることがあるが、ボランティアの注意を引きたいのかも知れない。
「親に殴られた」と暗い顔で登校してくる事がよくある児童である。
その腹いせに校門でボランティアのおじいちゃんに突っかかってくるのかも知れない。

足蹴りは親しみの印とも受け取れるが、本人は蹴った相手の痛みは理解していない様子である。
同じことをクラスメイトにも仕掛けているとも聞くが。
さて、学校安全ボランティアとして何をすべきか?

houses2248.jpg急ぐ車と遊ぶ子供たち   2010.4.22

4人組の男の子たちが信号のない四つ角の横断歩道付近で傘を振り回して遊んでいる。
左折しようとした乗用車が停車。
子供達は知らん振りで遊んでいるため車は発進したのと同時に子供達が横断を始めた。車は急停車。
次の横断歩道でも同じようなことがあった。
猛スピードで走って来た車が、ボランティアの旗を見て横断歩道前で停車。
子供達に横断を促したがいっこうに反応なし。
そこで運転手に発進の合図を送ったとたんに子供達が横断を始めた。
今度の車は止まることなく子供達の横を猛スピードで走り去った。

houses2248.jpg一歩間違えば大きな事故に   2009.2.17

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誠君(3年生)は右も左も見ないで横断歩道を突っ走ることがあるが、肝を冷やす様な光景を見てしまった。
誠くんが左を見ながら横断しようとした所に、右側から乗用車が猛スピードですぐ前を走り抜けたのである。

もし、いつものように走って横断していたら大きな事故になっていたかも知れない。
私は誠くんのランドセルのベルトを掴んで、
「何で右左見ながら横断しない?もう少しで車に轢かれるところだったじゃないか!」
と、強く叱った。
1年生の時から繰り返し言っているが、効き目は無かったようだった。
事故に巻き込まれては元も子もないと、今日ばかりは厳しく注意した。


houses2248.jpg一歩間違えば大きな事故に   2009.2.18

誠君、今日はきっちりと右、左を見て横断歩道を渡った。
「誠君、今日は注意して横断出来たね。その調子だよ」
と褒めたところ、
「僕、きのう車に跳ねられそうになった。すぐ前をびゅーんだもん。怖かったよ」
昨日の体験と注意が効いたようだ。

houses2248.jpgしつけは繰り返し   2009.2.18

数日前に誠君が左右を確認しないで横断するところをまたまた目撃。
今朝、そのことを本人に注意した。
その直後にもかかわらず、注意を守らず横断歩道に一歩二歩。
瞬間、私の注意を思い出したのか後戻り、今度は右、左と首を大きく振って
安全を確認して横断した。
「横断歩道を安全確認せずに渡るのは危ない」
と、頭では理解しているのだが、癖は身体に染込んでいるらしい。
繰り返してしつけることの大切さを、誠くんを見て痛感する。

houses2248.jpg道路標識の設置   2009.3.5

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誠君が車に跳ねられそうになった横断歩道に
りっぱな道路(指示)標識が、設置された。

「子供の横断あり」
と、注意深い運転を促す標識である。
子供たちは多くの地域住民、自治会、行政に
大切に見守られている。


houses2248.jpg蹴りかかってくる児童   2009.2.17

「ようちゃん、おはようございます」
と、あいさつをしたところ、ようちゃんは無言で私に近寄った。
そして、向こうずねを思い切り蹴り上げられてしまった。
いつもは上手く避けるのだが、今朝はまともに命中。
痛さに飛び上がってしまった。
こんな時、どんな対応をしたら良いのやらと考え込んでしまうことが最近たびたびあった。
しかし今朝は、瞬間ようちゃんの襟首をわしづかみにして、
「何でおじいちゃんを蹴るんだ。あやまれ!」
大声で怒鳴ったのである。
ようちゃんはおじいちゃんの意外な反応に驚いたに違いない。情けなさそうな顔で私を見上げながら、
小さな声で「ごめんなさい」
「もうするんじゃないよ」
幸いにも近くに登校するこどもたちはいなかった。その時の私の形相は鬼の様だったかも知れない。
但し、冷静さは失っていない。ようちゃんが好きである気持ちにも変わりない。感情的な怒りにはならないよう注意した。
ようちゃんにはおじいちゃんの気持ちが通じただろうか?

2月27日、今朝もようちゃんは元気に登校して来た。「ようちゃん、おはよう」と呼びかけてもそっぽを向いて行く。殴り掛かっては来ないが、返事もない。

成長したようちゃんの1年後 2010.2.26
ようちゃんが大きくなってすっかり穏やかに朝のあいさつを返してくれるようになった。
反抗期を通り過ぎたか、2年前のちょっとこましゃくれた可愛いようちゃんが戻って来たようだ。
下級生を守るようにしながら登校して来る。
ちょこっと手を挙げて「おっす」とおっさんのようなあいさつをしながら校門を入って行く。

houses2248.jpg無関心で良いものか?

私が小学生のころ、よく先生に指の先でコツかれた。
頭に人差し指と薬指を添えて、中指を親指に引っかけ溜をつくり、
パーンと跳ねるように頭をコツくのである。
ゲンコツより痛かった。
「先生にやられた」家に帰って親に言いつけると、
「お前が悪いからだ」と、今度は親からげんこつが飛んで来た。
親は先生を信頼し、尊敬していた。
先生は恐かったが、嫌いではなかった。よく怒られた先生程、未だに印象に残っている。
当時、先生は感情的になって怒っていたのか、冷静に叱っていたのかは知る由もない。
少なくとも、私に関心を持ってくれたことは間違いない。

今、教育現場では体罰は絶対にダメ。
確かに良くないことであるが、
あれダメ、これダメ、ダメダメの中で教える先生方はさぞ窮屈だろうと推測する。結果、
「触らぬ神に祟りなし」あまり深く子供たちに関わらない方が身の為
ということになってしまわないかが気にかかる。

人間関係が希薄で互いに関心を持たない世の中である。
あいさつをしないこどもを「しょうがない」と済ませて良いのだろうか?
私は校門に立ち、無視されても毎朝、繰り返し声を投げかけることにしている。
「おせっかいな」と言われれば身も蓋も無いが、子供たちに無関心ではいられない。

houses2248.jpg蹴った石が塵取りに命中 2009.3.9

午後4時過ぎ、小学生の男の子たち3人が住宅沿いの歩道を下校していた。
その内の一人が歩道に転がっている石っころを前も見ないで思いっきり蹴った。
4〜5メートル先ではおじいさんがゴミを塵取りに履き入れているところ。
石は勢い良くおじいさんの金属製の塵取りに飛び込んで「カーン!」と大きな音を立てた。
驚いたおじいさんは3人を呼んで何やら注意。
バス道路の反対側からその一部始終を目撃していた私は大声で
「君たち、おじいちゃんに謝れ!」と叫んだ。
3人はおじいさんに「ごめんなさい」と、神妙な表情で頭を下げていた。

もし、その石がおじいさんを直撃していたらと思うとゾッとした。
それにしても、見事に塵取りの中に入ったものである。